Research
研究内容
薄膜化技術を駆使した物質創成と物性開拓
- 『薄膜化学』と『界面物性』
当部門では、物質合成の「薄膜化学・物質科学」と現象観測の「界面物性・固体物理」に興味を持って取り組んでいます。
薄膜は、読んで字のごとく、 「薄い膜」をなす原子の詰まった物体です。 原子の詰まり方で、アモルファス、多結晶や 単結晶などの構造に分類されます。 当研究室で扱う薄膜は、 およそ数ナノメートルから数百ナノメートルです。 (1ナノメートルは10⁻⁹メートルで、 原子半径はおよそ0.01~0.1ナノメートル)
薄膜は、固体としてイメージされる大きな塊(バルク)と合わせて、 固体化学、物質科学、物性物理、電子工学や量子科学など多くの分野で、 基礎研究や基礎的応用研究の対象になっています。 近年では、共同研究の推進や融合研究分野の発展などで、 それらの研究分野が密接に繋がってきているように思います。 実験物理の研究を進めるには、測定対象としての実験試料が欠かせません。 その点からも薄膜研究は、多くの方々と共同研究を推進できると考えています。 基礎研究の現場で、新しいものづくりに挑戦することを大切にしています。
薄膜は、必ず「界面」を有しています。 界面は、固体と固体、または固体と液体との境界のことです。 一方、固体と大気や真空との境界は、「表面」と呼ばれます。
原子を規則正しく並べようとする薄膜合成技術が20世紀に発展しました。
加えて、計測する技術(例えば、構造解析のx線回折や透過型電子顕微鏡)も急速に発展しました。
近年では、原子配列を正確に一層だけ作ることも、その一層を実観察することも可能です。
そうして作られる薄膜・界面は、演算素子や記憶素子など多様な素子に活用されています。
一般に素子として利用される場合、何層もの薄膜の積層によって多数の界面を持ちます。 個々の界面の特性を理解して制御することで、機能を活用しています。
- 『薄膜化学』
薄膜化学という言葉は、ググっても出てきません。
薄膜の化学は、2020年でもまだ体系立った理解に至るほどの知見が揃っていないのかもしれません。
薄膜には、合成に関わる化学、元素または結合の観点で捉える界面形成、基板表面でのダイナミクス
など、薄膜特有の化学がある、と私自身は考えています。
それらを体系立てて論じられるようになるには時間を要するかもしれませんが、
自分なりの「薄膜化学」を形作っていければと思いますので、継続して少しずつ文章にしていきたい
と考えています。
それは一人でできるわけもないので、薄膜や界面の形成に興味を持っている先生方と
様々な実験の見方や理論的考察を一緒に考えながら理解を深めていきたいと考えています。
今後ともいろいろ議論させて頂けると嬉しく思いますので、どうぞよろしくお願いします。
当研究室では、
熱力学平衡と動力学的非平衡のバランスが薄膜や界面の品質を決定づける、との考えで、
薄膜作りに取り組んでいます。
特に、非平衡をうまく調整することを重要視しています。
薄膜特有の物性や興味深い界面物性を引き出すためにも、うまく合成したいものです。
薄膜化は研究の新たな舞台を世界に提供し、新たな現象の観測をもたらします。
実験技術としては、真空を利用して薄膜を合成しています。
(薄膜作りの方法は、真空を利用しない方法など、他にもいろいろあります)
・分子線エピタキシー法
・スパッタリング法
・パルスレーザー堆積法
・電子ビーム蒸着法
・有機気相蒸着法
など、5種類の方法の装置が稼働しています。
酸化物、金属合金、硫化物やセレン化物などの薄膜を合成しています。
化学結合の違いなどを考慮して、それぞれの物質に適した合成方法を選択して適用します。
量子マテリアルの薄膜合成や界面形成は、機能を引き出すためにも欠かせませんので、
重要な研究課題と考えています。
- 『界面物性』
「界面」は機能の宝庫です。
Herbert Kroemer教授(2000年ノーベル物理学賞)は、
The interface is the device. と表現して、
界面こそが人類の活用する「機能」を提供する場であることを指摘しています。
自ら作製する薄膜と薄膜で構成される「界面」は、人の作る特別な産物です。
天然には存在しない構造の場合、人工格子などと呼ばれたりもします。
多くの実素子での活用例があり、
トランジスタ、太陽電池、発光ダイオード、レーザー
トンネル接合、巨大磁気抵抗効果、トンネル磁気抵抗効果
量子ホール効果、量子異常ホール効果、界面超伝導、マヨラナ状態
など、多様な物質の積層構造が活用されています。
2000年代以降、グラフェン研究を端緒に二次元層状物質の研究が
剥離法を用いて盛んに行われています。剥離法は高い自由度で試料を作製できるため、
広い分野にまたがって研究が展開されています。
他にも、物性物理分野では、
鉄系超伝導体やトンネル磁気抵抗効果など、それぞれの分野で興味深い研究の発展が続いています。
トポロジカル物質群の研究は、2007年頃から盛んになっており、
中でも、トポロジカル絶縁体の表面状態やワイル半金属のワイル点など、
特殊な電子状態に基づく特異な物性の発現を開拓する研究も進展しています。
当研究室では、トポロジカル物質群を含む量子マテリアルの界面物性研究に取り組んでいます。
界面物性の理解を進めることとともに、制御する手法を開拓したり、
さらなる機能を追求することができる研究対象です。
半導体や金属の積層界面は、現代の情報化社会を支える基盤素子となっていて、
現在も益々発展的な研究が進められています。
一方、量子マテリアルの研究はまだ黎明期にあると思います。
将来的な活用に向けて、調べることや知りたいことが豊富にあって、
基礎研究としても応用研究においても、これからの進展が非常に楽しみです。
低温量子物性の探索
絶対零度-273.15℃(0 K)では原子の振動が抑制されるため、小さなエネルギースケールに支配される物性も顕著に観測されるようになります。室温近傍をおよそ300 K(26.85℃)として熱揺らぎのエネルギーを換算すると約24.8 meVになります。現代社会を支える代表的な半導体シリコンSiのバンドギャップは約1.1 eVですので、室温の熱揺らぎによるエネルギーはSiのバンドギャップの約1/44の大きさに相当します。熱揺らぎの影響が小さいため、室温動作の素子に利用することができます。この熱揺らぎで半導体の動作特性が影響を受けると困りますので、物質の選択や素子の設計にもバンドギャップやエネルギーに関する検討は重要です。
例えば、超伝導や量子ホール効果などの巨視的量子状態の安定性もエネルギーの観点で議論されることがあります。測定温度が高くなると熱揺らぎの影響を受けて、超伝導状態では無くなってしまったり、量子ホール状態で無くなってしまったりします。そのため、特徴的な量子現象を観測するには低温が適しています。物性の温度依存性を測定すると、その物性値に関連する電子構造のエネルギーに関連する情報を得ることが期待できます。試料を装置内で冷却するには寒剤を供給する方法が良く用いられます。一般に良く用いられる寒剤は液体窒素と液体ヘリウムです。最近ではこうした液体冷媒を使用しない無冷媒式の装置も増えています。当研究室では、液体窒素と液体ヘリウムを供給する装置を用いて温度範囲2 ~ 400 Kで電気測定を実施できます。さらに特殊な手法を用いて0.1 K程度までの抵抗温度変化を計測できます。試料を冷却して電気伝導特性を測定すると、超伝導に転移して抵抗がゼロになる現象や、低温磁場下でホール抵抗が量子化値を示す現象を観測することができます。他にも、電子のトンネル現象や量子干渉効果など、素子で生じる興味深い現象を観測できます。室温のみならず、低温や室温以上の高温での性質を知ることも将来的な素子利用や宇宙などの過酷環境での用途にも重要になるかもしれません。
本研究室の最近の研究トピックスでは、酸化物や鉄系化合物の超伝導、トポロジカル物性の異常ホール効果や異常ネルンスト効果、高移動度電子系の量子伝導現象などを観測しています。薄膜や自在な界面形成の特徴を活かして、新しい現象の開拓を目指しています。また、電界効果素子や積層構造を作製して、低温においてそうした量子状態を外部電界や外部磁場の印加によって制御する研究も行っています。薄膜や積層素子の物性研究は、用途によっては将来的な応用素子へと展開されることもあるため、基礎から応用までを広く勉強しながら研究しています。